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発展途上国や未開の国のように、セックスしか楽しみのないところもある。しかし、現代日本は、そういった世の中ではない。
むしろ、今の日本は、物質に対する幻想をうち砕かれ、さらに性に対する混乱を与えられ、もっと確実な何かを探している過渡期といえる。
昨今の経済の混乱や、政治の混乱、さまざまな社会問題の鬱積と、問題は山積みの状態だ。いかに鈍感な人でも、いったいどうなるのだと少しは考えるに違いない。
私は、こういった激変、変動の中に暮らしていて、何か「普通」に生きているのがばかばかしくなることがある。
というのは、結局、私たちが信じてきたものが、すべて使いものにならない張りぼてのようなものでしかなかったという事実を、まざまざと突きつけられてしまったからだ。
科学の世界に目を向けると、近年は今までわからなかったことが、次々と解明されてきた。宇宙というマクロの世界から、トップクオークの超ミクロの世界、そして人間の身体や脳の働きといった私たち自身の存在に対する研究でも、科学は大きな成果を上げている。
ニュートン力学はアインシュタインの相対論に取って代わられ、さらに現代は、それをも凌駕する世界が明らかになってきている。そして、そういった科学の世界を牽引する若手の研究者の中では、今まで科学の世界からしめだされていた精神の存在を、無視することができないとする者も数多く存在するようになってきたのである。
書店に行って科学的な本の前に立って見渡してみてほしい、私たちが学生のころに学んだものなど歯牙にもかけないほど面白い、いやもっと正確にいえば、信じられないような科学の世界が現出している。
そして、その中には科学界では以前ならば超科学などといってバカにされていた、いわゆるトンデモない本も一緒に並べられるようになっている。
本書は、そんな新しい発見の中からちょっとしたエッセンスを抜き出して、新しいセックスの姿を模索してみた。どうだろう、前書きに書いた「そんなにヤリタイか?」という質問に、あなたはどういう答えを得ただろうか。
二十一世紀が目前に迫っている。日本が、その時代をどのような形で迎えるのかは、その姿を明確に知ることはできない。だが、科学の進歩が私たちにいっそうの利益を与えてくれることを期待しないわけにいかない。もちろん、私たちが持つ永遠のテーマであるセックスや愛についても、どう変わっていくか楽しみに見ていきたいものである。
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